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鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

陰徳

陰徳は、多くの方が薦めており、そして、

実践している方も多いと思います。


改めて説明するまでもありませんが、

陰徳とは、「人に知られないように

ひそかにする善行」(大辞泉)のことで、

大きなポイントは、「人に知られない

ように」行うということだと思います。


これは、私の解釈では、人に知られる

ようによいことを行ってしまうと、

例えば、助けられた人にお礼を言われて

しまうことになり、お礼をされるという

見返りを受けることで、よいことを

行った意味がなくなってしまうので、

人知れず善行をすることが大切という

ことだと思います。


話しがそれますが、たまに、SNSで、

自分がボランティアをしてきたり、

自分が人に褒められたりしたことを

記事に書いている人がいますが、

「せっかくよいことをしたのに、

それを自慢してしまってはもったい

ないなぁ」と思うことがあります。


話しを戻すと、私自身も、陰徳に

ついて、最近、気が付いたことが

あります。


とはいっても、大発見をしたわけでは

なく、自分はなぜこんなことに

気づかなかったのだろうというような

ことです。


そもそも、陰徳は、人知れず行う善行

なのですから、他の人は、その善行は

なかなか気づかないということです。


私は、かつて、銀行で働いていましたが、

実は、当時の上司には、尊敬できる人も

いたものの、反面教師としなければ

ならないような人が多く、「こんな人の

もとで働かなければならない自分は、

とても不幸だ」と思っていました。


ところが、私が働いていた銀行は、

15年ほど前、経営破たんしました。


銀行が破たんした当時は、職員の給与は

大幅に減らされたり、多くの解雇者が

出るのではないかと考えられていました。


(実際は、給与は少し引き下げられた

ものの、人員削減計画の削減数以上の

人数の依願退職の申し出があったので、

強制的に解雇されるという例はありま

せんでした)


その際、かつて同じ銀行で働いていた

OBの方たちが、現役の職員の生活が

困らないようにしようと、お金を拠出し、

銀行に提供するとの申し出があった

そうです。


結果として、その申し出は、銀行は

断りましたが、退職後もかつての

職場を思う人の存在を知りました。


もちろん、このような行為は厳密には

陰徳ではありません。


ただ、いきなりこのようなことを実践

するということはないでしょう。


当時は、金融不況の時代でしたから、

現役の職員にはわからないように、

銀行を応援していたものと私は考えて

います。


私は、かつての自分の職場はあまり

恵まれていないと思っていたものの、

もう少し広い視野を持たなければ

ならないと反省しました。


そして、本当に、相手のことを思うので

あれば、相手に知られないようによい

ことを行わなければならないと思います。


また、このことは、私自身にも跳ね

返ってくることですが、経営者の方こそ、

この陰徳を実践しなければならないと

私は考えています。


究極的には、中国の古典に登場する、

鼓腹撃壌のような会社経営が望ましいと

私は考えています。


鼓腹撃壌も広く知られていますが、

改めて説明すると、古代の中国で、

尭という帝がお忍びで街の中を歩いて

いると、ある老人が、口の中に食べ物を

ほおばり、腹鼓(はらつづみ)みを打ち、

足で地面をたたいて拍子を取りながら

歌っていたそうです。


「日が昇ったら仕事をし、日が沈んだら

休む。井戸を掘っては水の飲み、畑を

耕しては食事をする。帝の力なぞ、

どうして私たちに関係があろうか、

いやない」


(出典:マナペディア

http://manapedia.jp/text/1995


これは、政治というのは、帝のおかげだと

感じさせない状況が理想的だという考えを

しめしているそうです。


会社の経営も、「社長って会社で何を

しているの」と感じさせるような

状況が理想であると私も思います。


そのような状況になるには、陰徳の

実践が基本だと思います。


そして、コンサルタントも、顧問先から

「そうしてコンサルティングを依頼して

いるのだろう」と思われるようになる

ことが理想だと私は思っています。

 

 

 

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